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「イラン:ふしぎの国」
<第3回> 「酒なしのバラの日々」−禁酒禁欲の国のお食事事情
酒は料理も人間も濃厚にする

自慢することじゃあないが、私は酒飲みだ。1週間に3〜4日は晩酌をしている。飲まないのは、締切が迫って仕事ひと筋になる日だけ(最近多い。憂鬱だ)。だからイラン旅行で心配したのは、お酒が飲めなくても平気だろうか、ということだった。禁断症状が出て、手がぶるぶるふるえだしたらどうしよう? だいたいにおいて、シラフで夫と旅行できるのか……。

 結論からいうと、まるで平気でした。「ああ、ビールが飲みたいなあ」と思うことさえもなかった。
 理由は、食事にある。
 イラン料理はとてもヘルシーだ。味は淡泊だし、野菜や肉の素材を生かした料理が中心。だからというわけでもないが、お酒が飲みたくならない。料理も人間も濃厚になると、薄めるために酒が飲みたくなるのではないか。反対に、酒を飲んでいると、料理も人間(とその欲望)もどんどん濃くなっていく、とも言える。






イランのティピカルな食事

 朝はホテルでコンチネンタル形式のバイキングだったのでさておくとして、昼と夜
は、同じようなメニューが続いた。

 席につくと、まず直径25センチほどのカゴに、山盛りの生ハーブとナンとヨーグルト、ときには山羊の塩辛いチーズが運ばれてくる。ハーブはセイジ、ルッコラ、ペパミント、コリアンダー、バジル、あと知らないハーブもいっぱい。ナンにハーブをはさみ、ヨーグルトやチーズをのせてくるっと巻いて食べる。これが前菜。

 つぎに山盛りのサラダ。8日間見事に同じサラダが延々と出続けた。。 トマト、きゅうり、ニンジン、キャベツ。これにヨーグルトソースをかける。 同時に野菜スープ。豆類が何種類かと野菜、ときには鶏肉やマトンの細切れも入っていた。

 このあとメインディッシュとなる。
 メインディッシュは4種類。

1)ケバブ──肉の串焼き。鶏肉、牛肉のどちらかが香料をつけて焼かれている。
2)鱒のオリーブオイル焼き
3)マトンのシチュー(トマト風味かカレー風味)
4)チキンとライスの香料焼き
 付け合わせは、どの料理でも同じ。サフランライス、生タマネギ、ピクルス。

 とにかく、野菜が多い。野菜不足で便秘気味という人は、ぜひイランに行くべきである。一週間で胃腸は快適。お肌はつるつる。保証する。だが、わしわしと生野菜を食べ続けているうちに、メェェェと啼き出すのではないかとも思ったが。

少ない食材と定番メニュー

 今日は和食、明日はイタリアン、あさっては中華にしましょう、などと毎日日替わり献立を考えている日本人主婦としては、数少ない定番メニューしかない食生活がうらやましい。だがイランの人はこれで飽きないのだろうか?

 だいたいにおいて、食材そのものが少ない。バザールやスーパーで調べたところ、野菜はトマト、きゅうり、タマネギ、じゃがいも、ニンジン、キャベツくらいだし、肉は鶏肉とマトンが中心で、牛肉はあまりなかった。肉はどれもゴロンと大きな塊で売られている(鶏肉が2キロで650円くらい)。しゃぶしゃぶ用極薄切りだの、唐揚げ用一口サイズだの、合挽ミンチだのと分けられていない。

 だがもしかすると、私たちが旅行者だから定番でごまかされていて、地元の人はもっと別の家庭料理を食べているのではないかと疑った。そこで現地ガイドさんの家に呼ばれたときに、料理が大好きという奥さんにキッチンを見せてもらって「どんなものを食べているの?」と問いただした。ところが奥さんは、私たち旅行者とまったく変わらないメニューをあげたのだ。どうやらイランでは、一年365日、せいぜい8種類程度のメニューを順繰りにまわしているらしい。

豊富な香料と干し物でバラエティ演出
 
日本と比較してあきらかに豊富なのが、香料と乾物だ。白、黒、赤といろいろそろっている胡椒、黄色いターメリック、赤いパプリカ、サフラン、クローブ、ナツメグといった日本でもおなじみのものはもちろん、名前もわからない香料が、香料の店にはおびただしく並んでいる。暑い国だし、流通も発達していないから、保存とにおい消しと、料理の味付けにうまく香料を使う伝統があるにちがいない。

 干し物も豊富だ。イランは世界でも有数のピスタチオの輸出国として有名だし、クルミ、干しぶどう、干しすもも、干しイチジク、ナツメヤシなどが、とても安く売られている。そのどれもが、ジューシーでコクがある味。何種類か買ってきて、日本で料理に使ってみた。ややクセはあるものの、なかなか風味のある味わいが出る。ビタミンも豊富そうだ。

 少ない食材を補って、豊かな味を作り出すのは香料と干し物である。イラン料理は、この二つを上手に使いこなすことによってバラエティが広がっている。

なぜイランだけがこんなに厳しく禁酒?
 
 だが、やはり酒が使えないと、料理にいまひとつコクがない。
 どうしてイランはこんなに厳しく禁酒なのだ? やはり「性弱説」によるもので、酒を飲むとロクなことをやらかさない、というイスラムの教えを厳しく守っているからだろうか。

 ムスリムの国でも、スンニ派ではさほど禁酒はきびしくないらしい。エジプトでは国が率先して酒を造って売っているというし、イラクをはじめとして、旅行客はホテルで酒が飲める国も多い。大っぴらにはできなくても、一般国民も家の中でならば飲酒もできるということだ。お酒の効用をある程度は認めているのだろう。

 イランでも闇でならば買えるというウワサも聞いた。闇ルートでこっそりと仕入れて、家で飲んでいる人もいるらしいい。ただ、そこまでやって飲む人がさほど多くないために、お酒の文化も料理も浸透していない。
 イランも革命前までは、とてもいいワインを作っていたとか。とくにシーラーズ・ワインは有名で、いまではオーストラリアで作られている。濃くのある重いボジョレ系の味だそうだ。そのころの料理は、いまよりもバラエティ豊かで、カラダに悪そうなツマミも多かったにちがいない。お酒は飲み過ぎさえしなければ、料理の味も人間の味も風味をつけると思うのだが。

肥満と糖尿病のどちらを選ぶか?

  もちろん、太めの人もたくさんいたが、全体的にイランの人たちは男性も女性も、年寄りも子どもも、ほっそりしている。楽しみは、家族や友人たちと戸外で「ピクニック」をしたり、誰かの家に集まっておしゃべりをすることだそうだ。
 お茶(紅茶。コーヒーはネスカフェのインスタントしかなかった)を飲んで、甘いお菓子をつまみながら、延々と、それこそひと晩中でも語り合うのが週末の楽しみ。イランのお菓子が、歯が溶けそうなほど甘いことを考えると、聞いただけで胸焼けを起こしそうだ。もし油っこい料理を満腹食べた上に、甘いお菓子を食べ続けたら、肥満まっしぐらである。ところが、道行く人にさほど太っている人がいないところをみると、酒を飲まず、野菜中心の淡泊な味の食生活は、肥満を防いでいるのだろう。
 と言ったら、ガイドさんが首を振った。
「でもね、イランの成人男性にもっとも多い病気は糖尿病です。酒の代わりに砂糖で糖分をとってますからね。肥満と糖尿病のどっちがいいかですよ」
 これはまた、究極の選択である。

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