暑い! 熱い! ヨーロッパ |
ブタペスト→ウィーン→プラハという中欧王道3都市周遊の旅、というのをやってきた。5年ぶりの家族旅行である。子供を連れていくので、つい安全・清潔なところを選んでしまった。私はウィーンとプラハには25年前学生のときに一人旅をしたことがある。ウィーンがまったく変わっておらず、プラハは大きく変わっていて、どちらにも驚いた。駆け足で通り抜けたから、単なる印象にすぎないが。
いやはや、それにしても暑かった! 石畳を歩きながら、つい口をついて出てくるのは、ヒロミ・ゴーの「アーッチッチ、アーチ」。8月16日から22日までの旅行期間中、どこにいっても38度である。なんでも200年ぶりの猛暑だとか。
強烈な日射に、しばらく歩くと頭がくらくらしてくる。おまけにそこいら中観光客だらけで、教会や美術館も押すな押すなのラッシュ。人いきれと騒音で、またもや頭がくらくらする。ゴシックだろうがバロックだろうがなんだっていいから、早く涼しいところで一息つきたいと足をひきずるようにしてカフェにたどりつくと、クーラーが効いていない。路面電車も地下鉄も、熱気がゴワーっと押し寄せる。ホテルのエアコンも効きが悪くて、団扇(→日本から持参)であおぎながら寝るという始末。
結論。中欧の街は暑さ対策ができていない。基本的に冬仕様の街なのだ。とまあ、それはさておき、今回の旅行で印象に残ったことは3つ。
おばさんとパプリカとゼラニウム、である。
まずは「おばさん」から。
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「世界は滅びてもおばさんは生き残る……だろう、たぶん」
おばさん観察旅行
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一生分くらい「おばさん」を見た旅だった。パリやミラノならばもう少し若い人もいるのだろうが、中欧の街をハイシーズンに訪れるのは、なぜかおばさんの団体ばかりなのだ。日本から来ている200名以上のおばさんばかりの団体と出会ったのが最高だったが、ヨーロッパやアジアからの団体旅行も、なぜか半数以上をおばさんがしめていた。そして発見したことがある。スペイン語、フランス語、マジャール語、イタリア語、チェコ語、ドイツ語、韓国語、中国語、日本語、どんな言葉を話していても、おばさんにはおばさん語という共通言語がある。髪の色が黒、茶、金、銀、赤、白、なんであっても、おばさんには共通の身体的特徴がある。私もおばさんだからよくわかるのだが、おばさんは世界のどこにいっても、おばさんである。資本主義だろうが社会主義だろうが、おばさん主義を貫く。流行がどれほど移り変わっても、おばさんファッションは世界共通で不変である。
2、3例を挙げてみよう。
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おばさんは生活習慣を変えない |
ウィーンのホテルで朝食のとき。隣のテーブルのおばさんが3人、スペイン語でしゃべりまくっている。食べるのとしゃべるので、まあ忙しいことこの上ない。それでも一人あたまパンを3個に、コーヒーを2杯おかわりして、卵、ハム、ソーセージ、コーンフレーク、とバイキングにあるものすべて平らげる。やっとおしゃべりが終わって立ち上がって出ていったところで、スペイン語がわかる長女がくすくす笑いながら教えてくれた。
「甥がつい最近結婚して、あのピンクのブラウスのおばさんが結婚式に出たんだけれど、結婚相手の女性がすンごいブスだったって」
「……それだけずーっとしゃべってたの?」
「うん。とにかくたいへんなブスで、親戚中で驚いたっていってたよ」
特徴その1。おばさんは旅に出たからといって会話の内容や生活習慣を変えたりしない。。
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おばさんは健康の話題が好き |
15世紀に建てられたプラハの教会で。
ガイドの説明を聞きながら、私の後ろを歩いているおばさんが2人、フランス語でおしゃべり。
「ジャンヌマリーって知ってるでしょ?」
「うんうん、歯が悪くてしょっちゅう歯医者にいっている人でしょ」
「そうそう、あの人、膝に水がたまったんですって」
「あらまあ、たいへん。(同情のカケラもない口調)あの人いくつ?」
「52,3じゃないの? 私たちより少し若いのよ」
「そうは見えないわね」(なぜか2人で笑う)
「関節には温める湿布がいいのよ」
「あら、どんな湿布? あなた何を使ってるの?(そこで少し言葉を切ってガイドが熱心に指さす方向を見ながらおざなりに)あのステンドグラス古いんですって」
「(同じくそっけなくちらりと上を見上げて)あら、そうね。湿布といえば、あなた、水がたまったときにはね……」
あとは関節の病気についてのお互いの知識が矢のように交換された。
特徴その2。おばさんは歴史的建造物よりわが身の年齢と健康のほうに百倍くらい関心がある。
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おばさんはよく笑う |
ブタペストのみやげモノ屋で。
日本人のおばさん5人が、ハンガリー刺繍を買い漁っている。
「まあ、あなた、ステキィィ! それいくら?」
「5600って書いてあるから、えーっと……私、計算がダメなのよ」
「私、電卓持っているわよ。用意周到!」(なぜかみんなが笑う)
「ねえ、ちょっとこれ、ダンス教室のお友だちにどうかしら?」
「いくつの人?」
「えーっと午年っていっていたかしら」
「午ってことは、58くらい? ちょっと若すぎない?」
「若作りしてんのよ、その人」
(なぜか全員で大笑いする)……以下あまりに長くなるので省略。
その3。おばさんは周囲にはわからない理由で哄笑する。
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おじさんは銃を向け、おばさんはガムを差し出す |
おばさんはコミュニケーション能力に長けている。どんな相手に対しても、おばさん流で話のきっかけを作る。たとえばガムや飴を「どうぞお一ついかが?」と差し出すのは、万国共通のきっかけ作りである。モノでコミュニケーションをとる術をおばさんは知っている。
おばさんはその場にいる仲間同士の雰囲気作りがうまい。たいしておもしろくもないジョークでも大声で笑ったり、声をひそめてその場にいない人の悪口をいってみたりして、仲間意識を盛り上げていく。その雰囲気にのれないような人は、おばさんを名乗る資格はない。
おばさんは感嘆詞をたくさん発する。何を見ても無感動・無反応・ダルそう、という人はおばさんにはいない。中世の町並みを見ても、コンテンポラリーな陶芸作家の作品を見ても、「まー、ステキー」「きれいねー」と素直に反応する。ただし、関心はたいしてない。
おばさんは美容よりも健康が好き。化粧品よりも健康食品の店のほうに入る。「旅行中はしっかり食べなくちゃね」という。歩きやすそうな靴、カラダを締め付けない服、そして持ち運びに便利な折りたたみできる綿の帽子は旅行中のおばさんの必須ファッションである。合理的かつ健康的なのが、おばさんに受けるファッションの第一だ。
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おばさんはグローバル・スタンダードを作る |
しつこく繰り返すが、私はおばさんになるまいとはかない抵抗をしているものの、根はおばさんである。だからおばさんの生態と感性がよくわかる。そしてまた私はおじさんよりもおばさんのほうがずっと好きだ。世界を変えるのは、おじさんの説教よりも、おばさんの行動力と好奇心だと思う。おじさんたちが主義がどうの、民族がこうの、とドンパチやっている横で、おばさんは「膝の痛みには湿布がいいのよ」とか「お口がさびしいでしょ。ミントガムをいかが?」なんて知らない人にも堂々と話しかけて、世界を「おばさん族」で塗りこめてしまうだろう。おばさんをナメたらアカン。
おばさんは国境を越えている。おばさんの主義・主張・生活がグローバル・スタンダードになる日は近い。
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