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「中欧酷暑紀行」<第2回>「あなたは海外にふりかけを持参しますか?」
暑さが阻んだ旅行中の食事計画

 ふだんから頭の中は食べること、食べさせることで脳みその半分くらいを使っているのだが、旅行中は(ほかに考えることがなくなるので)9割くらいを使う。名所旧跡について知識をふくらませるのもいいけれど、まず調べたいのはレストランだ。ヨーロッパとなるとなおさらリキが入る。今回もまた、インターネットと書物でそれぞれの土地の名物料理から有名レストランまでを調べ、一週間分の食事計画を組んだ。
 その結果は……自己採点で50点。減点の理由は、思いもかけない暑さと、ウィーン以外は洗練されていない料理法にある。
 まず、暑いためにレストランの中に入って食事をする気にならなかった。なにせレストランの中は高級であってもエアコンがないか、もしくは効いてない。日が暮れて涼しくなるのを待って、街路に並べられたテーブルに座るしかない。たしかに屋外で道行く人を眺めながら食べるのは楽しいし、それなりに風情もあった。だが、街路の席は落ち着いてゆっくりと食事そのものを楽しむには、いささかざわざわしているし、テーブルとテーブルの感覚が狭い。おつまみみたいに、何皿かオードブルをとって、それでおしまいという食べ方をしてしまった。

一番美味だったのはウィーンのイタリア料理

 またブタペストとプラハのレストランの味が、いまひとつ洗練されていなかったことも計算を狂わせた。どこにいっても食材は豊富だし、サービスや雰囲気もよい。だが、ハンガリー料理グーヤーシュは、私が料理をする気をなくして、適当にそのへんにあるものをぶちこんでいため、スープストックで味付けして、コーンスターチでとろみをつけたような一皿である。チェコ料理の代表クネルは団子だし。どちらも素朴で美味なのだが、いま一つ何かが足りない、と不満が残る。レストランでカネをとって食べさせるのであれば、もうひと工夫欲しいところ、と生意気なことを考える。
 結局、一番おいしかったのは、ウィーンのクレント小路で入ったイタリアン・レストランだった、と全員の意見が一致。せっかくの下調べはあまり効果をあげなかった。
←チェコ料理のクネル
ブタペストの中央市場で見た専門店

 ブタペストのドナウ河のほとりに中央市場がある。食料品から日用雑貨までが売られていて、会社帰りのお父さんが買い物をしたあと、スタンドでビールでのどをうるおしている姿も見られて微笑ましい。
 ここではこまかく専門店に分かれている点が興味深い。ガチョウ屋(ガチョウの肉、内臓、チーズ、脂、ソーセージなど、ガチョウづくしの店)、臓物屋(ダチョウの卵くらいの大きさに血管が浮き出ているものをのぞきこんでいたら、店のお兄さんが出てきた。「それは何?」と聞くと、「牛の……」というなり赤くなってもじもじしながら自分の股間を指差した。どうやって食べるのか聞きたかったけれど、それ以上食い下がるのが気の毒で、やめた)、ソーセージ屋、瓜屋(スイカ、メロン、胡瓜のでかいの、と瓜系ばかり)など、おもしろい店がたくさんあった。

パプリカを持って旅に出るハンガリー人

 
一番目につき、数が多いのが「パプリカ屋」である。粉末、練り状にした調味料としてのパプリカを売る店、干したものを吊り下げて売っている店、そしてナマのパプリカを売る八百屋といろいろである。パプリカにこんなに種類があったとは、私は知らなかった。
 ガイドさんによると、ハンガリーの人はなんでもかんでもパプリカをふりかけるのだそうだ。またナマのパプリカも、サラダ、煮物、炒め物とどこにでも入れる。パプリカがなくては、夜も日も明けないのだとか。旅行に出かけるときには、粉末や練り状のパプリカを持参するそうだ。
 日本人が海外にいくときに、醤油や梅干を持参するのと同じようなものだろうか。日本に住んでいたこともあるというガイドさんに聞くと「ちょっとちがう。いくら醤油が好きだからって、じゃぼじゃぼかける人はいないでしょ? パプリカは病み付きになるとどんどん消費量が増えて、一種の中毒になってしまうのよ。そしてどんな料理にも、ハンパじゃない量をぶっかけて食べるの」といっていた。


クセのある調味料が味を平板にする?

 パプリカこそが料理をハンガリーらしく仕上げる魔法の味なのだと理解しつつも、そのために料理の洗練度は落ちていくのかもしれない、と意地悪なことを思う。マイルドから激辛までバリエーションがあるとはいえ、パプリカはクセのある味だ。それに舌が慣らされてしまうと、料理も味も平板になってしまうのではないか。ハンガリー料理をよく知りもしないで判断するのは申し訳ないのだが。
 だが考えてみると、日本人の舌も化学調味料にすっかり慣らされて、味が平板になっているのではないか。わが娘たちも旅行中に「ああ、ご飯にふりかけをかけて食べたい」と言い出した。ハンガリーのパプリカに相当する日本の食材は、彼女たちにとってN谷園の「ふりかけ」なのかもしれない。情けなくて涙が出そうだ。

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