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「中欧酷暑紀行」<第3回>「この町に住めるだろうか?」
住める町、住めない町

 旅行にいって街角に立つ。
まず考えるのは「ここに住めるだろうか?」である。言葉や経済的な問題は抜きにする。好き、嫌い、住みたい、住みたくない、もまた別問題。私と肌が合いそうな町かどうか、の判断だ。
 直感だが、ソウル、シドニー、ミュンヘン、ダブリン、ニューヨークは住めると感じた。住めないと思ったのは、ホンコン、ホノルル、ロサンゼルス、チューリッヒ、アムステルダムである。
 そして今回ウィーンは住めない、プラハは住めると感じ、ブタペストにはなんにも感じなかった。
一番気に入ったのはウィーンだったのだが、たぶんウィーンは私に住まれるのをいやがるだろう。歩いていても、知らん顔をされている空気を感じた。プラハは洗練されなくて食べ物がいまいちだが、きっと住んだら楽しめるはずという予感がする。実際、私はプラハの町を歩きながら、ここに気軽に一杯やれる居酒屋を出したらウケそうだ、とか、おしゃれでキッチュな雑貨店を開いたらどうかしら、とすでに商売を考えていた。そういうものを喜びそうな空気が流れているのだ。

 単純に町の匂いなのだが、強いてあげると町の生活スタイルがきちんとありながら、ヨソモノがそのスタイルの中に入り込んで真似しても、いやがらない寛容さも持ち合わせている町を、私はどうやら「住める」と感じるらしい。
 ウィーンは町に確固としたスタイルがある。そこが大きな魅力なのだが、私は入り込めない。真似をしたら馬鹿にされそうでつらい。
 プラハはその点、社会主義から開放されて「なんでもアリ」状態になっており、気取っているわりには寛容である。ブタペストはちょっと中途半端なのかもしれない。

ゼラニウムを飾る家

 ヨーロッパの町はどこでもそうだが、窓辺をゼラニウムで飾っている家がとても多い。今回の旅でも、右を見ても左を見ても、赤、白、ピンクの垂れ下がるタイプのゼラニウムが、豪勢に咲きほこっている窓辺がつづいた。とくにブタペストとオーストリアでは見事だった。
 一時期、ガーデニング・マニアで園芸草花図鑑を繰り返し読んで丸暗記していたほどの私は、このゼラニウムが日本ではなかなか育ちにくいのをよく知っている。日本は雨が多いために、花がべたべたになって腐り、きれいにこんもりと咲かないのだ。だがそれさえクリアしたら、ゼラニウムは虫がつきにくくて丈夫で、とても育てやすい。長雨に気をつけるのと、適当に剪定してやれば、長い期間きれいに咲いてくれる。
 ヨーロッパの窓辺をゼラニウムが彩っているのは、美観のためと、室内に虫が入ってくるのを防ぐためと(ゼラニウムは独特のにおいがして、虫が嫌う)、もう一つはこの花が世話いらずで丈夫だからだ。日本のように、植物がすぐに伸びすぎたり、根腐りしたり、花のつきが悪くなるなんてことがヨーロッパの低湿度の地域にはない。だからむこうの人はしょっちゅう植え替えをするなんてメンドーなことはけっしてやらないだろう。その住居と同じく、ゼラニウムはきっと何年も、ときには何十年も同じ窓辺を彩りつづけているにちがいない。それに建物や街全体の美観から、家によってばらばらな種類の花を植える自由もなさそうだ。せいぜいゼラニウムの色に少しアクセントをつけるくらいしか、「 名称未設定クリッピング 個性」を発揮する余地はない。

変わらない町、変わっていく町

 そこで私は思う。何百年も変わらない街並み。いつも同じ花の同じ色で彩られている窓辺。そういうものはとても美しい。ほっとする。
 だが、私はそういう街路に立ったとき、「ここには住めない」と感じるのだ。変わらない町には、私のようなヨソモノを受け入れる隙がない。ゼラニウムが咲きほこる家の住民は、根無し草のような人間を警戒するだろう。ウィーンの整然とした街並みや、あまりにも見事に整備された公園は、旅行で滞在するにはいいけれども、住むと息がつまりそうだ。ウィーンは変わらない町なのである。変わらない町は、住民も変化を好まなくなってくる。窓辺を飾る花さえも変えないのに、生活を変えるはずがないだろう。
 反対に、窓辺を飾る花がまちまちで、街全体の美観よりも、まずウチが目立つことだね、といいたげなエゴ丸出しの家が並んでいるいい加減な町には、きっと私が入っていける余地がある。

 今回の3都市でいえば、プラハがそうだった。中世の古びた街並みの旧市街を一歩離れると、なんでもアリの新興住宅地と商業地。旧市街と新市街があまりにも対照的で、私はなんだかほっとした。林立するマンション群の窓辺にゼラニウムは見えず、生活臭漂う洗濯物が干してある。一見すると、東京近辺かと思えるほどの醜悪さ。
 エイヤッと飛び乗らなくてはならないほど「高速」で走っているエスカレーターでくだって地下鉄に乗ると、パンクっぽい髪型と服装の男や、肌をむきだしのシュミーズドレスになぜかブーツをはいている女が不機嫌な顔をして座っている。そういうところもいい。プラハは古いけれども、変わっていく町なのだ。

 そして日本に帰ってきたとき、新宿の町をみて次女がしみじみといった。
 「東京って汚い町だねえ」
 「そうだね。でも勢いがあるじゃない?」
 そう、もしかしたら私が一番「住めそう」と感じるのは、飽きることなく変わりつづける醜悪な町、東京なのかもしれない。
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