back
「フリーワーカー仕事息抜き術(1)」
<第1回>偏愛的バックミュージック・コレクション
脳波に同調してくれるバックミュージック

 仕事中に周囲の物音が妙に気になることがある。朝夕は鳥の啼き声。隣の子どもが騒ぐ声。竿売りのラウドスピーカー。少し離れたところにある女子校からもれてくる嬌声……。
 だから、仕事場には低い音量でよく音楽を流しておく。一番いいのは翻訳している本に関連する音楽なのだが、ぴったりテーマミュージックのある本を訳しているとはかぎらない。だからそのときの気分で、適当なバックミュージックを探す。
 この音探しがなかなかむずかしいのだ。好きなミュージシャンの音楽がいいとはかぎらないし、流行しているものは気が散ってよくない。だから、ラジオはだめ。日本語の歌詞のついているものも、同じ理由でダメ。かといって静かな癒し系がいいかというと、どうも私は気分が乗らなくなる。そもそも仕事に癒しは必要ないしね。
 むしろ私の場合は、「脳波を刺激する」または「同調する」程度の音楽がバックミュージックには最適なのだ。気持ちを静めるのではなく、やる気を出させて、集中力を高めて、揺さぶってくれる音楽がいい。
 以下が、私が定番にしているバックミュージックである。

いま一つノリが悪いときにはボン・ジョヴィ

 だらけてしまって、朝食後すぐに机に向かう気がしない。そんなときには、ボン・ジョヴィが効く。一時期私はジョン・ボン・ジョヴィ本人に狂っていたことがあって、CD買いあさり状態だったことがあった。でもいまでもすりきれるほど聴くのはベスト版の”CROSS ROAD”だけ。最初のLivin' on a prayerのイントロ部分で、アドレナリンがどっとわいてきて、さー、こんなことしてはいられない! と猛然とキーボードをたたきだす……ってことはないけれど、まあ、その気になる。6曲目のLay your hands on me のリフレインのところで脳波はがんがん刺激され、11曲目のBad Medicineくらいで仕事に没頭できる体勢が整う。友人のノナカさんに「ボン・ジョヴィって犬に似ている」と指摘されて以来、Cross Roadを聴くたびに、ロンドンの街角をボン・ジョヴィ顔のグレイハウンドが疾走している光景が頭に浮かぶのが、ちと困った連想なのだが。

じっくり取り組みたい原稿にはミッシャ・マイスキー

 10年以上前からの愛聴版。とてもポピュラーなバッハの無伴奏チェロ組曲全部がおさまっている3枚組アルバムである。同じ曲目のヨーヨー・マ演奏版も持っていて、ドシロウトの私の耳にも、2人の演奏ははっきりとちがいがわかるほどだ。どちらも好きなのだが、私としてはマイスキーのほうに軍配をあげたい。評色論家ではないからよくわからないが、ヨーヨー・マのほうが元気がよくて、マイスキーのほうが落ち着いている気がする。色
 気持ちがざわついているときに、マイスキーの無伴奏チェロを聴くと、ほっとして集中力が高まる。それもバッハじゃないとダメ。グレン・グールドもあれこれ持っているけれど、やっぱりバッハものが仕事に向いている。好きなのはベートーベンものなのだが、バッハって聴いているうちに頭がよくなった気分になるのは、なぜなのだろう? あとクラシックではレナード・バーンスタイン指揮のヴェルディ「レクイエム」なんていうのも流しておくとオツである。

軽い気持ちになりたいときにはワールドミュージックで

 「あなたに贈りたいもの」に投稿してもらったマツモトさんにいただいたCDの中で、台湾のデビッド・タオの「飛機場」、韓国のかわいいデュオ、ビジューの”Loveis"、そしてスペインのラテン3人組ケタマの「トマ・ケタマ」も、バックミュー
ジックにはとてもいい。
 タオちゃん(と勝手にちゃんづけ)は見た目がとても地味なおにーちゃんだが、顔に似合わず声が甘くてぐっとくるものがある。「飛機場」は1998年に出た彼の最初のアルバムで、台湾ではずいぶん売れたらしい。日本にはちょっといないタイプの歌い手だが、かといって台湾らしくもない。だいたい歌っているのはバラードだし午後に疲れてきたとき聴くと、気を取り直せる。

 ビジューは男の子と女の子のアイドル・デュオだが、ヒップホップから、日本の歌謡曲みたいなものまで取り入れて、2人の声の質のちがいをうまくいかしたアルバムになっている。夕食後にもうひとガンバリというときには、かわいく励まされる。


 ケタマは「フラメンコ、サルサ、カリビアン、ブラジル、アフロ、ジャズなど世界中の音楽をフュージョンする新世代ジプシー・バンド」なんだそうだ。ふー。そんな能書きなんてどーだっていいという気持ちにさせてくれる、さわやか発泡酒みたいなアルバムである。家にいるとき、私は午後2時からランチ・タイムなのだが、その直前のもっとも集中力があがるときに低い音量でかけるのに最適。

 このほかにも気温が30度以上になるとビーチボーイズとCCRとマーヴィン・ゲイの繰り返しになったり、涼風が吹くと女性歌手特集で、キャロル・キングとジョニ・ミッチェル週間がある。もちろんいつも決まったものを書くわけではなく、浮気もたくさんしていろいろとかけたりはする。

 一人でパソコンに向かっている孤独な仕事では、メリハリをつけるために楽しみをかねた儀式が必要だ。友人のモノカキに聞くと、音楽を聞かない人は、別の儀式を執り行っている。お茶を飲むとか、タバコを吸うとか、電話線を切っておくとか。ときどき儀式のための儀式になって、何を聞くかで迷っているうちに1時間くらいたっちゃったりして、また困ったものなのだが。

Pink Champagne <1> <2>
back
本サイトの掲載文ならびに掲載写真、イラストの無断使用を固く禁じます。
All Rights Reserved.Copyright(C)2000-2001 Motoko Jitsukawa
design,illustration&maitenance by ArtWill