モーレツからビューティフルへ
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急激な高度成長が一段落し、「モーレツからビューティフルへ」というCMの流行
語に象徴されるように、世の中がひと落ち着きした観のある70年代の幕開けだっ た。世界の中における日本の印象や位置づけは、10年前と大きく変わった。極東の敗戦国から、驚異の復興を遂げた経済大国へ。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」というアメリカで出版された経済学者の本がたちまちベストセラーになり、日本の経営や技術が注目を集めるようになる。日本人もまた、しだいに日本的なもののよさや美しさを再認識するようになっていった。
ボンドガールに選ばれた浜美枝をはじめ、世界市場で認められた日本女性の美しさや魅力も、逆輸入の形で日本でもてはやされるようになる。日本的美人、日本的乳房がやっと認知される時代がやってきた。日活ロマンポルノが大全盛で、きわめて日本的設定の中で、日本的にセクシャルな乳房が人気を集めるようになる。
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本格的「女の時代」の幕開け |
70年代はじめには、ファッション雑誌「ノンノ」「ウーマン」「モア」などがつぎつぎと創刊。西欧で起こった女性解放運動の大きなうねりは日本にも伝わり、女性誌をはじめ、CMやドラマでもさかんに「女の時代」と叫ばれた。
そんな応援に後押しされたように、女性の間にスポーツブームが起こる。女性に42.195キロも走れない、という「常識」を打ち破って女子マラソンがオリンピックでも公式種目となり、たちまちその記録は男子に迫った。日本女性によるエベレスト登頂も1975年。世界的記録までいかずともエアロビクスやジョギング、そしてテニスで気軽にスポーツを楽しむ女性が急増した。
おのずと女性たちが望む「きれいなカラダ」観は変わってくる。男性の目から見てセクシャルなカラダよりも、健康で贅肉のついていないカラダを賛美する傾向が強まっていった。たおやかなカラダよりも、強いカラダへ。バストサイズに対する認識も、90センチという数値だけでセクシー度を判断するのではなく、全身のバランスの中で心地よいバストを求める気持ちが強まっていく。活発にスポーツを楽しみ、女性としての人生も楽しむためにほどよい大きさと形のバストを女性たちは考えるようになった。
上半身裸で、ビキニのパンツをつけただけのモデルが真正面を向いて立ち「裸を見るな。裸になれ」というキャッチコピーが流れるパルコの1975年のCMは、まさに「女の時代」を象徴する「事件」だった。このときから、女性たちは自分たちの乳房への視線を取り戻し始める。男性から見られるための乳房ではなく、自分たちの目で見る乳房、そして自分たちの意志で見せる乳房へ。美しい乳房への視線の主導権は、女性が握り始めたのだった。
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ディスカバー・ジャパニーズ・バスト――「団地妻」シリーズ |
JRのCM「ディスカバー・ジャパン」、また日本政府が打ち出した地方の復権をはかる「地方の時代」、そして田中角栄元首相の「日本列島改造論」は、いずれも外を向いて走ってきた日本人の目を、内側に向けさせるきっかけになった。
乳房に対する視線も、おのずと日本国内のほうを向くようになる。日本人離れした、西欧的な美的基準にのっとった乳房ではなく、日本の土着的乳房の価値がにわかに台頭した。
そのきっかけとなったのが、1971年から始まった日活ロマンポルノである。洋画全盛のかげで急速にしぼみつつあった邦画産業を、ポルノが救った。最初のヒット作品は白川和子主演の「団地妻シリーズ」。50年代終わりごろから、日本の都市郊外に雨後のたけのこのごとく林立するようになった団地。その一室で、サラリーマンの夫の帰りを待つ妻は退屈している。洗濯機、炊飯器、テレビ、電話とひと通りそろった文明の機器のおかげで家事労働時間は驚くほど短縮され、エネルギーを持て余した妻が浮気に走る、という安直なストーリーだ。
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「ダブル」の価値観 |
だがこのポルノ映画は、70年代初期の日本の生活をそのまま写しとっていた。高度成長期のイケイケ・ムードの反動で、どこか倦怠感が漂う人々の顔。生活は便利になり、娯楽も増えたというのに、日常生活はかえって退屈でおもしろみに欠けるものになっている。だが一方で、日本の原風景ともいうべき田んぼと山の連なる風景が都市近辺にはまだ残っており、家の中でも床にべったり座ったり、布団を敷いたりと、日本的な生活習慣はまだ根強い。西欧的なものと日本的なものが、家の内にも外にも混在していたのが1970年代はじめだ。
都市と農村、西欧と日本、外で働く男と家で待つ女――2つの対照的な価値観が相克する、きわめて70年代的混沌の背景。そしてその中に浮かび上がる白川和子のヌードは、それまでもてはやされてきた女優たちにはない土着的香りがした。乳房はあまり大きくなく、BWHのメリハリもあまりない。どちらかといえば寸胴。だが肌は美しく、ふれると吸い込まれそうな質感である。どこかなつかしい感じのする母性的な乳房が、インテリアに西欧風を取り入れながら、間取りや暮らし方は日本的という団地の一室によく似合っていた。きれいだがちょっと崩れた印象を与える白川和子の顔立ちも、縄文的な日本人顔で、そのおかげかどうか、きわどいシーンでもほっとさせるところがあった。
団地妻シリーズがヒットしたおかげで、ポルノという映画産業の中では日陰の存在が、にわかに表の世界で注目されるようになった。もちろん文化としてメインに出てくることはなかったが、サブカルチャーの一ジャンルとして世間的認知を得たのである。それはまた、日本の土着的乳房のエロチシズムが確固とした市民権を得たことも意味していたはずだ。
白川和子はその後私生活でも女優としても、浮き沈みの大きい人生を送った。いまもときどき2時間ものサスペンス・ドラマなどにキーパーソンとして出演しているが、その物憂げな表情は味があるし、肌の美しさは衰えていない。何より色っぽい。日本土着的エロチシズムというのは、賞味期限がずいぶんと長いのだなと彼女を観るたびにちょっと感動してしまう。
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「白」の魔力――由美かおるの衝撃ヌード |
1972年に由美かおるは映画「同棲時代」で美しいヌードを披露した。そして2001年のはじめにも、50代に入っても少しも衰えていないプロポーションを誇示するヌード写真集を発表した。30年近い年月を経て、由美かおるのカラダは少しも新鮮味を失っていない。
だが、ヌードの衝撃度はなんといっても「同棲時代」のポスターのほうが強かった。映画やテレビで活躍する女優がヌードになること、乳房を出すことだけでも大きなスキャンダルになった時代である。「お茶の間」の意見を代表するとされていた主婦たちは、ヌードになる女優に対して手厳しい。女性たちの心証を害すると、へたをすると女優生命を断たれかねない。ヌードはそれほど危険な賭けだった。現在のように、「若くてきれいなうちにヌードを撮っておいてもらいたかった」ということが、女優のセールスポイントになる、という時代とは大きくちがう。
それなのに由美かおるは脱いだ。そして誰もが、男も女も、主婦でさえもため息をついた。それくらい彼女の裸は美しかったのだ。いま眺めても美しい。どこをとっても完璧な形とバランス。後ろを向いて、ややカラダをねじったようなポーズで立っているため、左右の乳房の位置はわからないが、少なくとも形と大きさは完璧である。大きすぎず、小さすぎず、乳首はきちんと上を向き、バージスラインもくっきりと半円を描いている。
「水戸黄門」でも由美かおるは最後に入浴シーンでぎりぎりのヌードを披露しており、一秒の半分もないほども写らないそのヌードが見たくて、この恐ろしいほどの定番ドラマチャンネルを合わせていた人も多いはず。
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すがすがしささえ感じさせるエロス
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だが「同棲時代」でも「水戸黄門」でも、ふしぎと由美かおるの裸は不潔感や妖しさを感じさせなかった。だからこそお茶の間の主婦たちも許容したのだ。その理由は、彼女のボディが西欧型のメリハリボディではなく、もっとやさしくやわらかい日本のおふくろさんのようや包容力があったからだ。カラダのどこにもとがったところ、刺激的なところがない。乳房はまるく掌におさまるほどの大きさで、乳首さえもとがっていない。どちらかといえば三角形で挑発するような西欧人型乳房に比べると、挑発的ではないだけに、女性でも堂々と眺められる安心感があった。そしてまた、バレエで鍛えたというだけあって筋肉質で弾力性を感じさせるカラダであることもよかった。といっても、筋肉や骨を感じさせるところもない。もっといえば、なままましさを感じさせないカラダで、日本の山の中からあらわれた神のような神々しさがあった。
もう一つ、由美かおるに白のイメージが強かったことも、彼女のヌードへの反発をやわらげていた。白い下着、白の長襦袢、白装束と、死と再生の色である白を、このころの由美かおるはイメージカラーにしていたような気がする。日本人的なやわらなかなカラダを包む白い衣装は、天の岩戸の前で踊った、天照大神に通じるような大らかで縄文的なエロチシズムの演出である。そういえば由美かおるもくりくりとした目と丸っこい鼻で、縄文的な顔立ちのチャーミングな美人だし。
日本人は、由美かおるのヌードによって、太古の昔から日本に息づいてきた健康的なエロチシズムを思い出したのではないか。そして日本人が日本的価値観や美意識に目を向け始めた時期に登場したからこそ、由美かおるのヌードは肯定的に受け止められたのではないか。以後、関根恵子をはじめ、白のイメージでヌードのスキャンダラスな要素を排除しようとすることが、女優が脱ぐときの常套的「作戦」になるのだが、誰も由美かおるほどそれに成功した女優はいなかった。そしていまも、由美かおるの入浴シーンを越える、すがすがしさを感じさせるエロスを見せてくれる女優はごく少数である。
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